イタリア法史[22D2213]

科目名
Course Title
イタリア法史[22D2213]
授業言語
Language
Japanese,Italian
科目区分・科目種 人間生活学科 クラス 生活社会科学講座
CCBM キャリアデザイン  
単位数 2.0単位 履修年次 14

担当教員 小谷 眞男
学期 前期
曜日・時限・教室
火曜 7 8 生活科学部本館303室

受講条件・その他注意
2021年度新規開設科目なので、1年生および2年生しか単位にならない。
単位取得など眼中にない3, 4年生の参加も大いに歓迎する。
イタリア語の能力は不問だが、多少の関心を持っていることが望ましい。

授業の形態
講義,対面授業のみ

教科書・参考文献
今年度の後半の講読テキストは、ベッカリーア(小谷訳)『犯罪と刑罰』(東京大学出版会、2011)であるが、出版元品切れ・重版未定のため、必要な箇所は適宜配付する。
その他の参考文献類は講義中に適宜指示する。

ALH区分
ALHとして実施

評価方法・評価割合
口頭試問,小論文(レポート),授業への参加態度,ALH(アクティブ・ラーニング・アワー)=10%程度とする。詳細は講義中に説明。

主題と目標
イタリアを基軸に、古代ギリシャ・ローマから現代にいたるまでのヨーロッパにおける法と市民社会の歴史を考察する。2021年度新規開設の、日本で唯一の科目。
今年度は、イタリア法史における「名誉の事由」という問題を中心的に扱う。嬰児殺や捨子などの行為(犯罪)について、それが女性親族の名誉を守るためという動機に基づきおこなわれたという事情が認められれば刑を減免する、という規定が「名誉の事由」である。このトピックスの歴史と現状、比較法史、名誉の事由にかかわる実際の刑事裁判事例の精査、人類学的な意義の検討、刑罰理論上の含意などについて議論する。
その延長線上で、昨年度に引き続き、ベッカリーア『犯罪と刑罰』(1764)を日本語訳で読み解いていきながら、古代から現代にいたるヨーロッパ刑事法史の問題を検討する。とくに名誉の事由との関係で家族や性についてベッカリーアがどのような議論を展開しているか、また刑事司法過程における「自白」の問題にも焦点を当てる。
特段の前提知識は求めないが、人間と社会の根本問題を深く考える知性が必要。

授業計画
近現代のイタリアを基軸に、古代ギリシャ・ローマから現代にいたるまでのヨーロッパにおける法と市民社会の歴史を考察する。2021年度新規開設科目。
なぜ「イタリア」か。それは一種の想像の共同体である近代国民国家したがってまた国民国家法の擬制性が、かの地でははしなくも露呈しているからである。近現代法の不可欠の基盤をなすローマ・ギリシャとの間に、イングランドと並んで、良くも悪くも最も緊密な関係を構築してきたからである。したがって「イタリア」という観測地点からは、他の観測地点からでは容易に得られない、固有のパノラマを見渡すことができるからである。
プログラムの詳細は開講時に説明する。
今年度の前半(6月半ばまで)は、名誉の事由(causa di onore; causa honoris)というトピックスを中心的に扱う。
ここでいう名誉とは、自分自身または女性親族の「名誉」であり、その名誉を守るためという動機にもとづき一定の犯罪行為(嬰児殺、堕胎、捨子、姦通現場での逆上殺傷)は、刑を減免する、というものである。
「名誉」の問題は、おもに家族や性にまつわる領域における犯罪と刑罰の問題に直結する。とくに姦通、嬰児殺、捨子慣行などとの関係で、小谷が国立ナポリ古文書館で発見した19世紀初頭ナポリの嬰児殺や捨子に関する刑事裁判資料(実例)を紹介し、それらの事例を精査して、その法社会史的分析を試みたい。合わせて、名誉の事由の歴史と現状、比較法史、人類学的含意、刑罰理論上の位置づけ、といった、大きな脈絡にも十分な注意を払い、イタリア法史にとっての名誉の事由の意義を考察する。
今年度の後半(6/21以降)は、家族や性と密接に関連する名誉の問題を自己の社会理論の中核に取り入れつつも、全体としては国家権力に対する市民社会のチェックを基軸とする近代西欧刑事法の原理を樹立した C.Beccaria ベッカリーア『Dei delitti e delle pene 犯罪と刑罰』(初版1764年、Livorno リヴォルノ)を小谷訳(東京大学出版会、2011年)で部分的に読み解いていきながら、古代ローマから現代の最先端の問題にいたるまでのヨーロッパにおける法と市民社会の歴史を検討する。刑罰権の根拠にせよ、名誉の問題にせよ、とくにホッブズの社会哲学との比較検討がひとつの軸となる。
たとえばベッカリーアは死刑廃止を主張しているが、それは18世紀当時のヨーロッパ全域を見渡してみてもほとんど賛同者はなくいわば絶対孤立の立場であった。では何に依拠して彼は死刑廃止を唱えたのか。古代ローマの範例が大きな力を与えてくれたのである。こうして、ベッカリーアの手によって、忘れ去られたかのような古代ローマの法が同時代に再生(rinascere)する。それは単に古い法律の条文を後生大事に担ぎまわるといったような問題ではまったくない。政治とデモクラシーと法の世界を大きく下支えし、歴史と哲学と文学の探究によって自律的な批判精神を涵養する市民社会の問題である。それは同時に実体経済を支える社会構造の問題でもある。こういった実生活を営む知的市民階層の厚みこそが、ベッカリーアをして死刑廃止を唱えさせた真の基盤と考えられる。法と市民社会の構造は歴史的に形成された層が何層にも重なってできあがっている。
他方で、ベッカリーアは犯罪に対する報復としての刑罰は否定し、刑罰の目的は予防であると考えた。カントと激しく対立した点であり、遠く現代の刑法哲学における大きな立場の対立に呼応する。今日の北欧(たとえばフィンランド)やイタリアの刑務所では、犯罪者のソーシャルインクルージョンこそが処遇の基本原理となっている。こうしてベッカリーアを介して、現代の刑事政策とその驚くべき試行錯誤の数々に接近することもできる。
たとえば以上の例解に見られるような形で、ベッカリーアの読解という定点から、ヨーロッパにおける刑事法と市民社会の長い歴史とその意味を、さまざまな角度から考察する手がかりを得ることが出来る。そもそも犯罪とは何か。基礎的な社会の存立理論に照らしてどう定義できるのか。そして次に刑罰の目的とは何か。社会理論に照らすとどうか。実存にとっては切実な問題である名誉の問題を刑罰理論の中にどう取り込むか。こういった最も原理的な問題を検討する。日本における死刑の問題について最新の刑罰理論からアプローチしようとした井田良『死刑制度と刑罰理論』岩波書店(2022年1月)なども早速検討の俎上に乗せてみるつもりである。
また今年度は、具体的な応用問題のひとつとして、例えば刑事手続における「自白」というテーマをめぐってベッカリーア、ホッブズ、フィランジェーリらがおこなっている議論の比較検討を盛り込む予定である。

<ALHの予定(詳細は講義中に説明)>
1)講義では直接取り扱わないイタリアの歴史ないし社会と法に関するテーマを自由に探してもらい、レポートを出してもらう。
2)講義では直接取り扱わないイタリアないし同時代ヨーロッパの法・政治思想の古典を自由に選び、レポートを出してもらう。

時間外学習
講義の後半(6/21以降)に関しては講読テキスト『犯罪と刑罰』(小谷訳)の指定箇所(事前に配付する)を予め読んでくることが必要である。

学生へのメッセージ
やけに局所的な問題を扱っている狭苦しい科目に見えるかもしれないが、「イタリア」という観測地点を固く定めて、そこから広くヨーロッパの歴史、とくに法と市民社会の長い歴史を遥かに展望する試みである。

学生の問い合わせ先
kotani.masao@